PR

【工場作業員のつぶやき】『他人を教育するのは大変だなぁ』と感じた出来事

工場作業員のつぶやき
記事内に広告が含まれています。

どうも、サンモトです

今回はタイトルにもある通り、私が仕事上で『他人を教育するのは大変だなぁ(-_-)』と感じる出来事があったので記事にしてみました。

仕事をする中で悩んだことや感じたことを彼是あれこれ書いていこうと思います。

似たような悩みを抱えている人の琴線きんせんに触れるようなことが書ければ嬉しいです。

最近(2023年)の私の日常

前置きとして、最近(2023年)の私の日常について軽く説明しておこうと思います。
特に興味がない場合はこの部分は読み飛ばしてください(-_-)

私は普段、自動車関係の部品工場で働いています。
入社して5年程はライン工程で作業をしていましたが、今は製品の検査作業を主にしています。

「2011年に高卒で就職したので、今年(2023年)で私の社会人生活も12年目を迎えることになります」

「その2023年も気づけば後半なので、時間が経つのは早いなぁと感じますね」

「まぁ、歳を取って時間が経つのを早く感じるようになっただけかもしれませんが(T_T)」

↓私の仕事に関することはこちらの記事でまとめてあります。

そんな2023年ですが仕事上での変化が多くなり、今までと同じように淡々と仕事をこなすというわけにもいかなくなってきました。
それがタイトルにも付けたように『他人を教育する立場になる』というものです。

「最近は車業界も色々とあわただしく、私が勤めている会社でも部署や係ごとに人員の確保だったり入れ替えだったりで忙しいです」

「私自身は部署が変わったり役職が付いたりしたわけではないので日々の作業内容自体にあまり変化はないのですが、現場に新しく入ってきた人への教育やコミュニケーションの機会は増えました」

「ただでさえ他人との関わりに苦手意識があるのに、教育・監督する立場の人間として振る舞わなければならないのは中々気が重い話です(-_-)」

「現時点で気分が浮き沈みする時間が増えているので、『これはあまり良くない傾向だな(T_T)』と日々感じています」

「夏にかけてこれから仕事はどんどん忙しくなる予定です」

「肉体的な負担に関してはある程度慣れているので何とかなりますが、精神的な疲労への対処は難しいものだと今までの経験から十分理解しています」

「仕事量や残業時間が増えれば身体的な疲れも溜まってくるので、今まで以上に体調管理に気をつける必要があるでしょう」

「そんなわけで最近は『出来るだけ無駄に疲弊しないような環境・心身の状態にする』ことに努めています(-_-)」

他人を教育・監督する機会が増えて感じたこと

あまり愚痴ぐちっぽいことを書いてもよろしくないので、ここからは私個人が『他人を教育・監督する仕事をしてみて感じたことや大事だと思うこと』を挙げていこうと思います

具体的なノウハウというよりはマインド面の話になりますが、ご紹介させてください。

教える人と教わる人の相性が重要(な気がする)

「教育(する側・される側)の経験はある程度長く会社に勤めている人ならそれなりにあると思います」

「私も新入社員の時や新しい作業を覚える時には何度も教育を受けたし、逆に自分が習熟している作業については新人に教育したりもしました」

“教育”について深く語れる程の見識けんしきが私にはないので何とも言えませんが、個人的には『教える人と教わる人の相性が重要』だと考えています」

「仕事の考え方や取り組み方は人それぞれですし、向き不向きや能力の違いはどうしても出てきます」

「同じように教えてもすぐに上手く出来る人もいれば、中々上達しない人もいます」

「教える人は教える相手に適した教育の仕方を考えなければならないし、教わる人も自分の向き不向きを自覚しながら学んで自分用にカスタマイズする必要があります」

「そういったことが円滑にできる関係になれるかどうか、要するに相性だと思うのです」

『他人を思うようにコントロールはできない』ことを常に意識する

「曲がりなりにも他人に教育する立場になったなら『他人を思うようにコントロールはできない』ということは念頭におくべきだと思います」

「他人を機械のように命令通り動かせはしないし、自分がずっと操作するわけにもいきませんからね(-_-)」

「いずれは自分で判断しながら仕事に取り組めるようになってもらうのが理想です」

「初めは教えた通りに動いてもらうことも大事ですが、そこから自分がやりやすいように作業できる方法を考えたり提案できるように導くのが教育者が意識すべきことでしょう」

「無理なものは無理とキッパリ諦めて、出来る事で改善していくのが自分にとっても相手にとっても良いやり方だと思います」

『他人の話は話半分に聞く』ぐらいがちょうど良い

「他人との会話で私が気をつけているのは『他人の言うことは話半分に聞く』ということです」

「一応念押ししておきますが、これは別に相手のことを馬鹿にしたり軽んじているわけではありません(-_-)」

「どんな人でも見ること・聞くことに対してはその人のバイアス(偏り)がかかるものだし、それを言葉にして伝える上で何らかの脚色が入るからです」

「(そういったことを作為的・悪意を持ってする人はいますが)日常で関わる普通の人でも程度の差こそあれど、そこに例外はありません」

「それが原因で起こる誤解やいさかいを何度も見てきました(-_-)」

「だから私は基本的に他人が言うことを鵜呑みにすることはまずないし、自分の感情や言動にも常に疑いの目を持つようになりました」

「こう言うと私が疑心暗鬼で神経質な人間のようですが、私はただ『自分の心構え次第で避けられる問題への対策』として行っているだけです」

「備えあればうれいなし、“何事も、見かけほど良くも悪くもない”のです」

相手に伝えるべきことは『理屈と感情のバランス』を考える

「私が他人に何か伝える時に意識しているのは『理屈と感情のバランス』です」

「これは話が上手いと感じる人や素直に受け入れやすいような話し方をしている人を観察して得た結論です」

「他人への説明は万人が理解できるような形式、所謂いわゆる論理的なものになりがちです」

「確かに論理性は大事ですが、論理の欠点は無駄なものを削ぎ落として簡潔にするので人間味が薄い、俗っぽい言い方をすれば冷たい印象があります」

「私はどちらかと言えば理屈っぽいタイプですが、理屈だけでは人は納得できないこともよくわかります(-_-)」

「その場は説得できたとしても、後にしこりを残すことになるかもしれません(T_T)」

「長い目で見て良好な関係を築くためには、ある程度感情に寄り添うことも必要だと私は思います」

まとめ:他人を教育する時、自分もまた多くのことを学ぶことができる(かもしれない)

他人を教育・監督する立場になってみて気づけたことはたくさんあります。
そのほとんどは面倒で疲れるようなことばかりというのがやるせないですが(T_T)

正直に言ってしまえば新人の教育や監督は他の人に任せて自分の仕事だけに集中したいのですが、そうもいかないのが会社員の世知辛い所です。
不満は葛藤かっとうは尽きませんが、組織に属する人間としてある程度の妥協は必要なのだと思います。

どうせやるしかないならそこから色々なことを学んで、何かに活かせるように努めるのが健全で上手な折り合いのつけ方です。
そんな感じで心身を壊さないように気をつけながら、最近は日々の仕事をこなしています(-_-)

「今回の内容は『わざわざ記事にするようなことでもないかな?』と自分では考えていたものでした」

「しかし『頭の中で考え続けてモヤモヤしててもしょうがないな』と思い直し、自分なりに区切りをつけるために書いてみました」

「ただの雑談というか、取り留めのない文章になっているかもしれませんが、そこはご容赦ください(-_-)」

「これからもこうやって気ままに文章を書き続けられるように、のんびり活動していこうと思います」

おわり〼

コメント

タイトルとURLをコピーしました